セラピストmihoの ほっとする空間


by Lumierearoma
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夢と戦いの日々より


ブロードウェイに出演していた アクターでシンガーの高良結香さんの本

ブロードウェイ 夢と戦いの日々」を読みました。

とにかく 夢あふれ 吸い込まれるように読んでしまいました。

理想を現実のものにしている彼女には ただひたすら今を必死に
生きてきたんだな~と気づかされます。


夢にワクワクうわついてなんていられない!

とにかくいつも真剣勝負で、今目の前にあるチャンスをどんどん見つけ こなしていく・・・

そのことができたから ニューヨークで成功し、人々に愛されるんでしょうね。



沖縄で生まれ育ち 母親の希望で クリスチャンスクールに通ったことが
彼女(アクタ-)にとっての人生の始まり。

幼い頃から人種の違う子供達と過ごし

個性と自信をもって 歩んできた彼女の芯は とても強く ぶれてない。

精神面も鍛え上げられていて 少しの誘惑にはのらない。


例えばブロードウェイの舞台では、相当なエネルギーを使うので
疲労度はかなりのもの。

舞台を終えた後、たびたびパーティーや食事に行ったりするダンサーもいるのに
彼女は、身体のコンディション(メインテナンス)をしないと続かないので
それほど外に出かけることはしなかったという。

夕食では食事のときに足を冷やしながらテレビを見る。
約20分冷やして その後お湯に浸かりながら15分~20分マッサージをする。

そのほかに フィジカルセラピーにマッサージをしてもらったり
商売道具であるノドを痛めないように ビタミンをとったり
足を痛めたら針の治療に行くなど 常にメインテナンスをしていた
という。


彼女は アメリカの大学を中退した後 ニューヨークにある
STEPS on Broadway」というダンススタジオでレッスンをしていたと書いてあった。

STEPSは Broadwayでは有名なスタジオで、バレエ・ジャズ・モダン・ヒップホップ・タップなど
さまざまなジャンルのダンスレッスンがある。

プロのダンサーも 舞台の合間をぬってレッスンを受けたり、朝レッスンを受けてから
ブロードウェイの舞台に上がるアクターもいたりする。

結香さんは、ここで毎日オープンからラストまで レッスンを受けていたという。

10:00~ バレエ
11:30~ ジャズダンス
13:45~ バレエ(ポイントシューズでのバーレッスン)
15:00~ モダンダンス
16:30~ モダンダンスorジャズダンス
18:15~ バレエ
19:45~ ヒップホップ

という具合に。


その後彼女はスタジオのオーディションを受けて合格し 受付などをしながら
レッスンを免除されるようになったようです。







わたしも23歳の頃に 友人とダンス留学がしたくて
初めて行くニューヨークにドキドキワクワクしていた。


その頃 ダンスだけではお金がなかったので 知り合いのいる生命保険会社で働きながら 
ダンスの舞台や教えをしていました。


保険契約をとらなければならないノルマは 精神的にも追い詰められていました。

契約さえとれば、舞台やリハーサルなどがあっても休めたし
半年の研修期間が過ぎてからは 自分の好きなようにスケジュールが
立てられるようになっていました。


入社一年が過ぎ、支社(当時300人くらい)でトップになったとき 
もうこの仕事は終わりにしようと 自分の中で終止符を打つことができました。

やるだけのことはやった。

もう踊ることに専念しよう。


そして辞めた月 


踊りで体はボロボロだったので 自転車にのって整体へ向かう途中...

それは起こりました。


雨の降る中

脇から出てきた車にはねられ 自転車は遠くに飛び
体はボンネットに飛びました。

跳ねた運転手のおばさんには あちこち病院に連れまわされて
病院に着いたのは かれこれ三時間くらい経っていたとおもいます。

頭はボーっとしていて とりあえずムチ打ちだけとのことだったので
首にカラー(固定具)を巻いて その後おばさんは夫に連絡し
夕方になって警察へ電話。
見聞をし 自宅へ帰ったのは事故から六時間が経過していました。

それからは どんどん痛みが増し、リハーサルもあったので
カラーを巻きながら リフトで上げられたり回されたりと 踊っていました。



3カ月後には楽しみにしていた留学が迫っていて
なんとしてでも行きたかったため
「向こうで吸収できるものが 何かあるに違いない!」というおもいで
ニューヨークに旅立つことに。


でも、飛行機に乗って長時間座っていると 首の痛みに耐えられず
眠ることもできませんでした。


友人と一緒に 一番有名な「STEPS」のスタジオへ行き 友人はレッスンを受けていました。
私はとても踊れる状況ではなかったので レッスンをしているいくつかの部屋をみて回りました。

色んな国の人がいて、みんな真剣に技術を学びに来ていて
すごいな~!と思ったのが初めの印象でした。

首に少し振動を加えると 痛みが走る状態だったので 踊れる友人が羨ましかったのを
覚えています。

日本人も一クラスに一人か二人はいました。

 
結香さんと私は さほど歳が違わないようなので、もしかしたらそこに彼女がいたかもしれない。

本を読んで、STEPSでのレッスンのことや、ニューヨークでの生活が素直に書かれていて
その頃の記憶が蘇り 懐かしさとワクワクしていた
若かった自分を思い出しました。


結局わたしは 友人がSTEPSに通ってる間に 他のスタジオを回り 見学したり
色んなジャンルのダンスを見て回りました。


ニューヨークに本拠地のある 大御所の振付家、演出家のスタジオがたくさんあるので
とにかく踊れないけど どんなところでダンサーがレッスンをしているのか興味があり
一日中歩き回りました。(市内を知りたかったし地下鉄を使うのはもったいないから)


2時間以上歩いて探し回ったのに 休みだったり リハーサルのため中に入れないこともありました。

ときには セントラルパークで散歩したり。


日本で活躍している友人の先生が、たまたまニューヨークにきていると言うので
先生の宿泊するリバーサイドのアパートメントにお邪魔して 
先生の繊細な心と情熱的な心のバランスに胸を打たれた覚えがあります。

その当時 先生は毎年パリとニューヨークに一人で行き、ダンスレッスンを受けながら
井上陽水の「リバーサイドホテル♪」をテープにダビングして、本当のリバーサイドアパートメントで
聴くのが大好きだとおっしゃっていました。

先生はその「歌を聴くと涙が溢れてくるの」と。




いつも友人がレッスンを終える時間あたりに 宿泊していたブロードウェイの
ど真ん中のデリで待ち合わせをしたりして 夜は本場のミュージカルや舞台をみに行きました。

ご飯はお金がないので パンやべーグルをかじったり 
デリでカチカチになった安い惣菜を買ったりしていました。

最終日に どうしてもレッスンが受けたくて、フロアバレエのレッスンを受けました。


あの時、絶対また来ようね! 今度はあのアパートに泊まろう!と誓いました。


それから、私はニューヨークに行くことはなく フランスに魅了されてしまったのですが。。。




結香さんの本を読んで 彼女の芯の強さに惚れ惚れしたし
先をどうするか決めるんじゃなくて、今やりたいことをとにかくやっていれば
未来は切り開いていけるのだ!とおもいました。

彼女は初めからミュージカルをやるなんて思ってなかった。

ダンスを勉強しに大学に行ったのに、歌のオーディションも受けたりして
先生に 「いったいどっちがやりたいんだ!」 と言われたり

沖縄に帰ったときにはパフォーマンスをしたりして
母親に 「あなたは何がやりたいのかわからない」 と言われたりしたけど

歌もダンスも好きだったし、だからミュージカルのオーディションにも合格し
認められ、今はシンガーとしても活躍してる。


そんなまっすぐで 自信をもった彼女は 素敵です☆


彼女とは違うけれど ワタシもお手本にしたいところがいっぱいあります。
by lumierearoma | 2009-09-09 11:05 | 日常